この春に本学位プログラムを修了された、34期修了生の丹生谷晋さんより,大学院を受験したきっかけ,入学前から入学後,そして修了を迎えたいまのお気持ちについてなど,沢山の思いをお送りいただきました。受験をご検討されている方もそうでない方も,是非ともご覧いただければ幸いです。
私と筑波大学東京キャンパスとの付き合いは20年前の2004年に始まりました。足掛け9年かけて、ビジネス科学科博士前期課程・後期課程を修了した際には、齢60歳を超えて再び東京キャンパスに戻ってくることになろうとは夢にも思いませんでした。
カウンセリング学位プログラムを受験したきっかけ
当社で、どのようなキャリアを形成してきたいかに悩む従業員、ライフイベントによりキャリアの中断を余儀なくされる女性従業員、生涯を通じて成長し続けたいと思いながら役職定年に直面し戸惑うシニア従業員等々を目の当たりにするうちに、キャリアコンサルティング窓口を社内に設置する必要性を痛感していました。そこで、まずは自ら率先してキャリアコンサルタント資格を取得することにしました。それまでカウンセリングはもとより心理学にはまったく無縁だった私にとって、同養成講座での学びは新たな発見の連続でした。特に、長年の経験から部下に的確に指示するのがマネジャーの役割だと考えていた私にとって、カウンセリングにおける「答えはクライアントの中にある。」という考え方はとても新鮮に映りました。4名のキャリアコンサルタントで構成するライフキャリアサポートセンターを立ち上げるのと同時に、当該部門を管掌する立場として、自らも学びを深めたいと思い受験を決意しました。
受験勉強
心理学に縁もゆかりもない私にとって受験勉強はまったくの手探り状態でした。4月にリモートで大学のオープンキャンパスに参加し、そこで在校生から紹介された情報をもとに本格的な受験勉強を開始した6月初旬から本番の8月下旬まで3か月弱、隙間時間を見つけて勉強に取り組みました。私にとって最大のハードルは心理学用語を100字程度で説明する問題への対応でした。心理学辞典、キーワード集の2冊の繰り返し読み込み、ひたすら暗記に努めました。研究計画については自身の問題意識は比較的明確でしたので、Google Scholarを用いて先行研究を絞り込み、ビジネス科学研究科時代の経験を活かして記述することができました。入学後に同級生に聞いてみますと、本職の心理職の方を除いては、かなり早くから受験準備を進めてきた方が多く、準備時間に関して私の例は参考にならないかも知れません。まったくの私見ですが、大学院の入学試験は入学後「本学で修士論文を書けるか」が問われていると私は考えています。私が苦闘した第1問の専門用語の知識以上に、第2問以降で確認される要約力、論理的思考力、そして何よりも研究計画そのものが極めて重要だと思います。もちろん、入学前に書いた研究計画は粗削りでありそれがそのまま修士論文になることは稀です。入学後にテーマ自体が変わることも珍しくありません。それでも、受験時の研究計画には、何を明らかにしたいと考えているのか、それを科学的にアプローチする資質があるか、受験生の力量がはっきり表れるはずです。初めて大学院を受験される方は、研究計画にじっくり取り組んでください。
キャンパスライフ
私は仕事柄、出張、会食が多く、果たして平日の講義にどれだけ出席できるのかが、入学前の大きな課題でした。その意味で当時コロナ禍にあったことが私にとって不幸中の幸いでした。お蔭で1年生前期中に集中して講義を受講することができました。
カウンセリング学位プログラムのカリキュラムは過去三十有余年に蓄積された経験・ノウハウをもとにカリキュラムはよく練り上げられたものになっています。各講義は単に知識の習得だけにとどまらず、学生の主体性を引き出し、かつ学生間の一体感の醸成を促す仕掛けが随所に組み込まれています。今思い起こしてみると、入学以来23名の同級生間で名刺を交換していません。また、入学当初を除いて互いの本名を呼び合ったこともほとんどありません。グループプロセスという講義をきっかけとして、2年間の学生生活期間、また修了した今も同級生同士は互いにニックネームで呼び合っています。ここには年齢や肩書の壁はありません。講義の演習では時にプライベート情報を自己開示する場面もしばしばあります。心理的安全性が確保された場であり、相互信頼関係が形成されているからこそ成り立つのだと思います。
2年次以降は修士論文を執筆しますので、1年次には、そのための方法論を徹底的に叩き込まれます。そもそも学術論文とは何かから始まり、先行研究の調べ方、論文の構成・書き方を何回かのセッションに分けて修得していきます。特に量的研究については、前期「心理・教育統計法」で統計処理の基本的な考え方を学び、夏季休暇中「社会調査法」で実際に尺度を作成して質問紙調査を実施し、分析・解析までを一通り経験し、後期「データ解析法」でデータ解析の手法を体系的に学ぶという3部構成になっています。この手厚いカリキュラムのお蔭で統計の初学者であっても、迷うことなく研究をスタートできます。また、1年次から自身の研究の進捗を披露し合う研究発表会が定期的に開催されます。1年次、2年次の最初の発表会の正式名称は「構想発表会」ですが、学生の間では自嘲的に「妄想発表会」と言われています。社会人ならではの壮大な問題意識を、時間と費用の制約がある中で修士論文としてどのように収斂させていくのか、学生たちはぎりぎりまで悩み、練り直し続けます。こうして1年次7月時点で影も形もなかった研究の種が2年次の2月には見事修士論文として結実するのです。また、各発表会を終える度に、同級生たちと開く懇親会は本当に楽しみでした。発表会の緊張感から解放されて思う存分盛り上がります。懇親会には先生方も駆けつけます。先生方と学生の距離感も本学の特徴だと思います。
社会人大学院の意味
コロナによる自粛生活を言い訳にできなくなった1年次下期以降は、国内外出張と会食に時間を取られ、結果的にキャンパスにほとんど顔を出せなくなりました。それでも隙間時間を見つけて研究の時間を確保するようにしました。しばしば移動する飛行機や新幹線の中で先行研究の論文を読んだり、修士論文を執筆しました。「忙しいのになぜそこまでするのか」とよく聞かれます。しかし、忙しくてストレスの多い毎日を送っているからこそ、私には職場でも家庭でもない、第3の場所(キャンパス)が必要でした。実際、普段とはまったく違う人々と接し、仕事とは別の脳みそを使うことで心身がリフレッシュされたように感じます。勿論、仕事と大学院生活の両立にはそれなりの苦労を伴い、趣味・娯楽の時間はもとより時に睡眠時間を削る必要も出てきます。けれども、そんなことは些少だと思えるくらい、本学で過ごす2年間は得られるものが大きい。今は忙しいからゆとりができればと考えているうちに時間だけが過ぎていきます。限りある人生の中で多忙を理由にやりたいことを諦めるのは勿体ない、前回大学院を修了してから10年経って、再びキャンパスに戻ってきたのは、そういう思いからです。
心理学を学びたい、研究を通して明らかにしたいことがある、そういった志がある限り、忙中有閑、忙しい人こそ大学院へ行きましょう。